pema001:

あつあつ on Twitpic
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"残業をポイントカードみたいに貯めて、残業ポイントの交換ページを開くとカレンダーが出てきて、休みにしたい日をポチっとクリックすると「残業ポイントを8時間消費してこの日を休みにしますか? (残りポイント:10)」「はい」みたいな感じのシステムが欲しいと恋人が話している。"

Twitter / Luzwell (via 774)

いいアイデアだ

(via ultramarine)

素晴らしい、感動した。

(via bochinohito)

ほぼ同じ制度がある会社に勤めていますが、1~2週間ほど繁忙な日々が続いたあとに一休み、なんてときによく使います(というか使うのを推奨されています)。

(via carandache)

(元記事: 774 (usackyから))

acqua:

[R-18]「童貞のクラス担任と好奇心旺盛なおしえご」/「あzz」のイラスト [pixiv]
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まあ独立したのにはいろいろ理由があるんですけども、ひとつには社長の言う「常に120%」というのが根本から納得いかなかったからです。だって疲れるじゃないですか。そんでこういう人はかならずセットでこう言うんですよ。

「人生は重たい荷物を背負って行くようなものだ。その人生が成功であったかどうかは最後にわかる」

 冗談じゃねえっすよ。40歳だって10歳だって60歳だってひとしく生きてるんすから、最後に勝ちでよかったなあとか思うくらいだったら、ずっと負荷を一定にして気楽に生きたほうがいいに決まってるじゃないですか。不測の事態があって敗北せざるを得ないような人生だったらどうすんすか。今日できることを明日に回すなって言うんでしょ。だったら今日楽しめることを明日に回すなですよ。両立させたきゃ均等にやりゃいいじゃないすか。常に80%で充分です。

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成績がよい学生の親には「大丈夫ですよ」と言い、成績が悪い学生の親には「学習する習慣がないようですね」と示唆する。やればできるのかもしれない、という猶予を残して伝える。我が子は「やればできるのだ」と思わせてあげる。

学生中100人中95人はこれでいい。

残り5人の学生は厄介だ。

3人は人生をなめている。どうにかなると思っていて、努力なんてするつもりもない。親も大学をなめているので、一歩間違うと親子クレーマーとなって襲いかかってくる。

のこり2人は人生に行き詰っている。正確には、親に行く手を阻まれてどうしていいかわからなくなっている。もう素人の教員が口を出す範疇ではない。プロのカウンセラーのお仕事だ。教員としては、いや、たんに俺個人の好みとして、弱者である学生の味方をしてやりたい。親という暴力から少しでも守ってやりたい。

親は、子供の意思を代弁し尊重し誇張し強弁し、真綿のような単分子繊維でクビというクビを締め付ける。手首足首を縛られ四肢の自由を奪われた学生は、かろうじて残る頸の自由を使い、荒く静かな息を漏らす。

学生がもっとも恐れることは、頸が絞まることではない。手首足首が解放されることだ。親の手がはなれていくことを恐れる。刃の先からしか愛情を届けてもらったことがなければ、血の対価に疑問はない。

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大学教員の日常・非日常:秋の風物詩 (via biccchi) (via yangoku)

すごいセンテンス。

(via lunaryue, rajendra)

2008-10-28

(via quote-over100notes-jp) (via mcsgsym) (via pcatan) (via hepton-rk) (via mitukiii) (via dec12-kaz) (via joodle) (via kitutuki) (via budda) (via sironekotoro)

(via wideangle) (via reretlet) (via yellowblog) (via konishiroku) (via senninmemos) (via ishida) (via handa)

昔のある出来事を思い出す。
親殺しが出来なくて潰れていった若者を何人も見てきたよ。

だから僕は親になる自信が持てない。 

(via quiet360) (via stratums) (via k32ru)

(via usacky)

(元記事: rocknrollannex (uky0178から))

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聴覚が正常で健康な赤ん坊は、耳の正常な親のもとに生まれるよりも、耳が不自由でアメリカ手話を使っている両親のもとに生まれた方が早い時期から話をはじめるのである。おもしろいのは、話と言っても声を使うのではなく、両親と同じように手話で話すことだ。

ガルシアはその後の研究を通じて、赤ん坊が誰に教わるでもなく手話で「おなかが空いた、のどが渇いた、おむつが濡れた」と話し始めること、しかもそれが、口から言葉を発する八ヶ月も前であるのを発見した。つまり、赤ん坊の脳はすでに話が出来るほど発達しているのに、まだのどから声が出せないために手を使っているのである。

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